
ブログを書くのは、どれくらいぶりでしょう。
今、2020年7月なので、もう1年半ほど書いていないはず。
この記事、「ブログのように思いっきり書いてみてください」と、担当者さんに言っていただけたので、ブログのつもりで書いています。
自己紹介が遅れました。
わたしは、2019年1月から「わたしのネット」で記事を書かせていただくようになり、Webライターとしてのキャリアをスタートさせました。
副業に関して、申請書を書いたので明日提出します。
会社と社員は敵同士じゃないのに、「何がなんでも勝ち取るぞ」という気持ちしか湧かない。
社員からバイトへの転向、退職も覚悟して臨みます。望んだ結果を手に入れるには、行動あるのみなのです。 pic.twitter.com/k53KYxSEz7
— めんおう|SNSマーケ×主夫ライター (@mennousan) May 21, 2019
(懐かしすぎて鳥肌w そして申請出すのが数ヶ月遅いというw)
副業としてWebライティングを始め、数ヶ月間の専業期間をはさみ、2020年7月にWebマーケティングの企業に就職しました。
わたしは30代前半の数年間で、転職、副業、独立、転職となかなか激しいキャリアを歩んでいますが、その中心にはいつも「わたしのネット」があったような気がします。
この記事では、そんなことについて書いてみたいと思います。
わたしのネットと出会った、ブロガー時代
わたしは今、34歳です。
Web業界で働いていますが、Webを初めてかじったのは31歳でブログを始めたときでした。
ネット上で、自分の書いた文章が表示されるのに、ゾクゾクしたのを覚えています。
当時、10年間続けた国家公務員を退職し、発散したい思いはたまりにたまっていました。
思い、というのは不満ではありません。
生き方、働き方についてです。
20代では「ずっと出世や肩書きを追いかけて生きてきた」ので、そうじゃないよねということです。
多い月で、記事100本を書いていました(ホントに殴り書き)。
転職後は飲食店の店長をしていたので、寝る間を惜しんで鬼のようにキーボードを叩いていました。
あっと言う間に1年が経ち、ブログは450本の記事をこしらえました。
はてなブログでしたが、人気エントリに入ることもちょくちょくあり、読者さんも2,000人を超えていました。
そんな2018年の12月です、「わたしのネット」からこんなメッセージをいただきました。
「!?、怪しいな…」
これが初印象でした。
「お?…!」と一瞬胸が躍った後、飛び上がった心臓の鼓動が落ち着いていくのがはっきりとわかりました。
問い合わせ欄を作ったはいいものの、本当にこういった形で仕事の依頼が来るとは思っていなかったし、田舎者のわたしには、何やら危ないことをしようとしているように思えたのです。
その後、どのようなやり取りをしたかは覚えていません。
しかし、受けた情報をもとに確認したところ、しっかりとした会社、連絡先、サイトがあり、信じることにしました。
「わたしのネット」での仕事は、こうしてスタートしました。
仕事をさせていただくようになってから、半年ほどはブログのように楽しんだ
今ではインターネット回線の記事を書いていますが、最初のお仕事はこちら。
この記事は、わたし自身の体験談。
ブログを通してインターネットとの付き合い方が変わり楽しくなるにつれ、リアルの日常生活も充実度が増し、ネット上での人格と、リアルでの人格の重なりを実感している、という内容です。
いやぁ、初々しい!ブログ最高!わたしのネット万歳\(^o^)/!
(わたしのネットを褒めてください、と言われてるわけじゃないですよ、本当にそう思ってますw)
ブログとわたしのネットのおかげで、わたしの人生は圧倒的にいい方向に変わったと、本気で思っています。
最初の記事以降も、月に1本ペースで仕事をいただきました。
もう一度言いますね。
ブログ最高!わたしのネット万歳\(^o^)/!
ホントに好きなように書かせていただいて、ありがたい限りでした。
気持ちは、自然と「書くこと」へ向かった
このとき初めて「『書くこと』が仕事になる」ということを知りました。
「ブログで稼ぐ」「ブログ飯」と、よく言われていた時代です。
それ以外でも、記事を書くこと自体が仕事になるという。
しかも、調べてみると、クラウドソーシングというサービスを使えば、個人で仕事を受注できるらしい。
「こんな世界があったのか…す、すごくない…?すごいじゃん…!」
このとき32歳。
1年で450本の雑記を鬼のように書いていたわたしは、とにかくワクワクと、胸を躍らせていました。
「副業」という言葉が出回り始めた時期でもありました。
「何となく、うまくいきそうな気がする」と感じており、すぐにやってみることに。
「うまくいきそう」というのは、何をもって「うまくいく」なのかはわかりませんでしたし、何か大そうなものを目指していたわけでもありませんでした。
しかし、直感的に「続けられそう」とは感じていたんだと思います。
この時も、飲食店の店長をしながらだったので、睡眠時間を4時間~5時間に削ってのトライです。
今思えば「よくやってたな…」という話なのですが、鬼のブロガー(笑)としても活動していたわたしにとって、辛さはありませんでした。
まさに、「いつでも、どこでも」記事を書いていました。
本業をしながら記事の構成を考え、休憩中は店舗の控室でパソコンを開き、帰宅後は深夜2時からでも1時間はキーボードを叩く。
趣味のブログは、完全に副業のWebライティングになっていました。
(鬼のWebライターですね笑)
半年ほど経つと、副業収入は、本業の給与収入と同じ水準になっていました。
いつの間にか、「『書くこと』を仕事(本業)にしたい」と思うようになっていましたし、様子を見ていた妻も、「飲食よりもWebライターになってほしい」と思ってくれていたようです。
(シフト制で深夜まで仕事のある飲食では、どうしても家族の時間がとりにくいというのも一因でした)
「今の仕事を辞めて、Webライターになろうと思う」
思い切って妻に相談すると、あっさりOK。
ただし、フリーランスですから、収入はどうしても不安定。あとは、どうやって家事、育児を含めて家庭を成り立たせていくかだけでした。
結局、わたしが主夫をしながらWebライターを、妻は安定収入を得るため正社員の保育士になりました。
今日はわたしのこれまでで最高の誕生日だった。
家族からこんなに素敵なプレゼントをもらいました。
「ライティングがんばってね!」と言ってもらえて…こんなにうれしいことがあるのか、というくらい感激しました。
何があっても倒れないし、突き進んでやると、また力強く前へ進める。 pic.twitter.com/YfR2OBC29i
— めんおう|SNSマーケ×主夫ライター (@mennousan) May 29, 2019
(決意の日のツイートです。正直、泣けました)
インターネット回線などに特化したWebライターに
副業でWebライティングを始めてから半年で独立することを決めましたが、わたしのネットから受ける仕事は、コラムからインターネット回線関連が中心になっていました。
「とにかく読者目線の記事を書いてください」
これが唯一の指導です。
もちろん記事の納品時には、品質チェックはされますが、「読者が知りたいことは何か」「理解してもらうべきことは何か」に始まり、終わります。
わたしの強みも、まさにここにあると思っています。
ブロガーとして、わかりやすい文章には自信がありますし、徹底的にリサーチしたり、自らの体験を加えるのも得意だからです。
わたしはインターネット回線の一人のユーザーで、インターネット回線について疑問に思うことはたくさんあります。
だからこそ、書き手としては、レビュー記事なら行くべきところにリサーチに行きます。
(山、トンネル、駅から空港まで!)
他の利用者の声を集めたい時は、Twitterで集めます。
(Twitterで100名の方から質問いただきました!)
これが雑記ブロガー出身Webライターの務めだと思っています。
Webマーケティング企業に勤めつつ、これからも「読者に寄り添った記事」を書いていく
冒頭にも書いた通り、わたしは2020年7月1日にWebマーケティングの会社に就職しました。
昨日、Webマーケ企業から内定いただきました!20代を全力で駆け抜け、31歳で転職。32歳で副業開始。半年後、副業で会社の給料分を得、33歳でWebライター独立、34歳でWebマーケ企業へ。何歳からでも挑戦できる。人生何があるかわからないからこそ、「今」を全力で生きていく。これまでも、これからも。
— めんおう|SNSマーケ×主夫ライター (@mennousan) June 15, 2020
初めて言いますが、内定先は、株式会社ホットリンクです!6月初旬bosyuで応募、15日内定、7月1日入社。リモート移行で、週1出勤。Webマーケ業界、34歳で拾っていただいた。会社のスピード感はすごい。でも、スピードならわたしも負けない。34歳、ほぼ未経験がどこまで行けるか、ぜひ見届けてください!
— めんおう|SNSマーケ×主夫ライター (@mennousan) June 20, 2020
(ホントにたくさんの方からメッセージいただけて、、胸アツでした)
Webライターから転向した理由を一言で言えば、「さらにユーザー(読者)の視点に立った仕事がしたい」と思ったことです。
「読者目線の記事」とは何か。
副業も合わせて、Webライティングを始めて1年ほど経った2020年1月頃、記事を書きながらも悩むことが多くなっていました。
繰り返しになりますが、これはわたしのネットでの唯一の指導でした。
しかし、記事を書く上では、究極の本質だということに、記事に向かえば向かうほどわかるようになっていました。
Webマーケティングは、「顧客の求めていること」を明らかにする仕事です。
「読者目線の記事とは」と考えていたら、気持ちは自然とそちらに向かいました。
思い立ったが吉日。
自身の進む方向の微修正を決めた後のわたしは、即行動しました。
「結局、何がしたいの?」と言われることもあります。
当然ですよ。
31歳で未経験の飲食をやりつつ、32歳でWebライティングを始め、33歳でWebライターとして独立し、34歳でWebマーケティング企業に就職してるので。
しかし、これだけは間違いない。
わたしは、自分の能力を活かして、人の役に立ちたい。
ただそれだけなんです。
「この記事って、読者が知りたいこと書けたの?」「読者目線って何?」と思い始めたら、それをそのままにはできない性分なのです。
だからわたしは、会社ではソーシャルメディアで、わたしのネットではサイト内の記事で、ユーザー目線の仕事をしていく。
これからも、「読者に寄り添った記事」を書いていく。