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ボカロを聴く側から創る側になった今、ボカロへの愛をもう一度叫びたい

初音ミク、巡音ルカをはじめとして多くのキャラが生まれ、その歌声と多くのクリエイターが生み出す独特の楽曲が魅力のボカロ。中学生の頃の僕はそんなオタク文化を軽蔑していたが、高校進学を機にボカロにハマっていく。そして大学生になった今、今度は自分で曲を作りたいという気持ちが生まれる。ボカロと僕の今までを描きました。

中学生の頃のボカロへの偏見

14歳の僕に「今僕はボカロへの愛を叫ぶ文章を書いている」と言ったら、一体どんな顔をするだろうか。

中学校2年生の頃の休み時間。
校則を破ってこっそり持ち込まれた携帯からは、西野カナやEXILE、AKB48のヒット曲が流れていた。今から僕が語ろうとしているボカロに、当時居場所はなかった。いや、存在はしていた。あの40人ばかりのクラスの中に、ボカロが好きな人間は確かに存在していた。ただ彼らは校則を破って携帯を持ち込むことも、休み時間に友達と遊ぶこともしないような、大人しく目立たない生徒である場合がほとんどだった。

そして僕はボカロやその他「オタク文化」を名乗るものは毛嫌いしていた、そんな14歳だった。「なんだ、あの機械の声は。」「実在しないキャラに萌えるって何考えてるんだ」そんな目でボカロやアニメを蔑んでいた。

ボカロにハマった高校時代

オタク文化を蔑んでいた中学校2年生の頃から2年後、僕は高校に進んだ。そして男子校に入った僕の生活は一変する。女子のいない学校、校則も何もない自由な環境。何もかもが新しく、次々と僕の常識は破られていった。何より驚いたのは、あれだけ蔑んでいたオタク文化が広く浸透していたことだった。はじめのうちは友達の勧めを断っていた僕だったが、彼らとカラオケに行きボカロを聴いているうちにハマってしまった。16歳の夏だった。それからというもの僕はボカロの世界に夢中になった。

今でこそ勢いを失いつつあるニコニコ動画だが、2010年ごろ、ボカロの聖地と言えばニコ動だった。ボカロ曲を作る人、通称ボカロP(プロデューサー)の作ったミュージックビデオが毎日数え切れないくらい投稿されていた。初めは「千本桜」や「メルト」など有名曲にどっぷりハマり、カラオケで友人と盛り上がっていた僕だったが、そこから次第にボカロの世界の深部に近づいていく。

引用元:ニコニコ動画
(画像は当時流行していたボカロ曲だ。ご覧のように半端ない再生回数なのがお分かりいただけるだろう。)

有名な曲を一通り聴き終えた後は、あまり知られていない名曲を探すべく、再生回数の少ない動画をニコニコ動画で探して回った。ボカロの魅力は何と言ってもその表現の多様性にある。音楽未経験者から名の知れたアーティストまで、誰でもボカロの声を借りて、自由な曲を作ることができる。人間では到底出せないような高音やテンポの速さ、そして曲の型を破った新しい構成の曲まで。毎日アップされる曲はどれも斬新で、聴いていて全く飽きなかった。

今、高校生の頃を思い出すと、ボカロの曲と共にあの頃の記憶が蘇る。朝練に向かう始発電車、部活終わりの夕暮れの帰り道、遅くまで学校に残って進めた文化祭の準備。あのかけがえのない一瞬に聴いていたのもボカロだった。顔も名前も知らないボカロPが、初音ミクやGUMI、巡音ルカの声を借り、自分の感性の赴くままに作り上げた歌の数々。荒っぽいものから繊細なもの、テンションが上がるものから泣ける曲まで。青春の喜怒哀楽に、ボカロは寄り添ってくれた。

しかし今現在、ボカロの熱は下がりつつあると言わざるを得ない。僕自身、大学受験を機に新しい曲探しからは遠のいていた。そして大学生になった今、周りを見渡してもあの頃のようにボカロに熱中している友人は誰もいない。

なぜボカロは衰退したのだろうか

なぜボカロは衰退したのだろうか。理由は2つある。その一つがニコニコ動画の衰退だ。ボカロといえばそのMVが毎日大量にニコ動に投稿されていたが、現在はYouTuberの台頭もあり、登録者数が大幅に減少。それに従い投稿される動画も激減し、ボカロのプラットホームとしてのニコニコ動画の立ち位置は失われてしまった。

そしてもう一つの理由はボカロ参入のハードルが高くなったことだ。現在、人気のボカロPは、総じて数年前から有名なPばかりだ。彼らは個人では活動せず、音源もソフトで作るのではなく、実際のバンドを雇い生の演奏を使うことも多い。またMVもプロのクリエイターに任せていることが多く、クオリティは驚くほど高い。確かにプロが作ったボカロ曲は素晴らしいのだが、一方でそれが新たなボカロPの参入障壁になっていることは否めない。

かつてのボカロは、誰でも曲さえできれば簡単に投稿できるものだった。クオリティの高いMVが作れればそれに越したことはないが、それができないなら静止画でも十分だった。事実、ボカロ好きなら誰もが知る有名曲の「メルト」や「天ノ弱」もMVは静止画だった。しかし今はそうではない。ニコニコ動画の衰退とともにボカロの活気は失われ、レッドオーシャンのYouTubeで生き残るにはクオリティの高い音楽そして動画が求められるようになった。そのため個人のアマチュアが参加するには敷居が高くなってしまったのだ。

引用元:Youtube
(大ブレイクした米津玄師は、元々はハチという名義でボカロPとして活動していた。2017年に公開された新曲では、以前にも増して曲、MVの完成度が上がっている。)

そんな現状を目の当たりにしながら、かつてボカロに熱中していた僕は、ブロガーとして新たな道を歩み始めた。僕が感じたことや勉強法、読んだ本や映画の感想から旅行記まで、なんでも幅広く書いている。書き始めて一年弱だが、幸い僕の予想を超えるはるかに多くの人が読んでくれている。

ブログを書き始めて大きく変わったことがある。それは今まで情報の受け手だった僕が、情報の発信者になった点だ。そう、僕は一種のクリエイターになった。僕の書く文章は、僕にしか書けない。他の誰にもできないことを僕はしている。そう書くとなんだか大げさに聞こえるが、これは事実だ。そして自分にしか生み出せない何かを作るのって、とっても楽しい。

そして今、僕は再びボカロの世界に舞い戻ろうとしている

僕も曲を作りたい。その思いが芽生えたのはボカロにハマってすぐのことだった。あれから5年。曲を作りたいという熱は収まらず、その思いは何かを作りたいという思いに代わり、僕はブログを書いていた。そしてブログの楽しさを知った今、今度はまた新たなモノを作りたいという衝動がふつふつと湧き上がってきた。それがボカロだ。

そして2018年夏、VOCALOIDの4年ぶりの最新版VOCALOID5が発売された。
そのニュースが耳に飛び込むや否や、「僕も曲を作りたい。」という思いが溢れ出した。音楽なんてやったことないけど、今やってみなきゃ後悔する。僕には作りたい音がある。そう思った僕はすぐさまVOCALOID5を購入した。

さっそくVOCALOID5を起動させ、試しにこんにちはと歌わせてみた。

「こんにちは」
そのとき全身の血が湧いた。
僕の言葉を、ボカロが歌う。
この瞬間を僕はずっと待っていた。
まだなんの調教もしておらず、リズムも音程も一定の機械の声だが、僕にはその声が何よりも尊く聞こえた。もう一つの声を手に入れた瞬間だった。

その日から空いた時間を見つけては、少しずつ曲を作っている。ブログと違って数時間で完成するものではない。ましてや僕は音楽経験も一切ない。まさにゼロからのスタート。それでもただ、ひたすら楽しい。頭の中にある曲のイメージを試行錯誤しながら音に落とし込んでいく。ここにあの楽器足したら面白いんじゃないかな?ここはテンポを変えてみよう。無限にある組み合わせの中から、自分のイメージに近いものを作り出して行く。その過程がたまらなく楽しいんだ。

僕の好きなボカロ曲ODDS&ENDSにこんな歌詞がある。

きっと君の力になれる
だからあたしを歌わせてみて
そう君の君だけの言葉でさ

僕は歌わないけど、歌わない僕の代わりにボカロが、初音ミクが、巡音ルカが、GUMIが歌ってくれる。なんて素晴らしい世界なんだろう。

ボカロを聴く側から創る側に回って、改めてボカロの素晴らしさに気が付いた。ボカロは僕たちにもう一つの声をくれた。今度は僕がその声を使って、新しい音楽を生み出していく番だ。そしていつか、またボカロブームを再来させたい。僕は本気でそう思っている。そしてボカロには間違いなくそのポテンシャルがある。自分で作った曲を、ボカロが歌ってくれる。この素晴らしさをもっともっと多くの人に伝えたい。今日も僕はパソコンに向かう。再びボカロが脚光を浴びる日を夢見て。

意識高い系N島

現役大学生ブロガー。Twitterで1万7000人のフォロワーを擁する。2018年1月に自身の経験や旅行記、勉強法から本の感想、恋愛に至るまで幅広く語るブログ「意識高い系中島diary」を始め、1年で220万アクセスを突破。 独自の視点と歯に衣着せぬ物言いで森羅万象をぶった斬る。

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